昭和12年作成・輕井澤町航空測量寫眞圖の「発見」と戦前の写真測量事情

軽井沢町航空写真図の発見と戦前の写真測量事情

この論文は日本地図学会の機関誌『地図』、Vol.55、No.1(通巻217号)、2017に掲載されました。

軽井沢町歴史郷土資料館(離山)の片隅に、航空写真測量図が掲げられています。しかし何の説明書もないために、どのように見れば良いのか、どのように大切なものなのか、わかりにくいのが現状です。

昭和12年といえば日中戦争が始まった年。この影響でしょう、鉄道は軍事機密として塗りつぶされています。当時、軽井沢の主要な産業であった天然氷の製造池が多数写っている、家屋数は未だ少ない、樹木は少なく、あっても幼木が多い、など当時の景観を記録したものとして貴重です。

当時にも東京、大阪、京都などの航空測量図が作られていました。しかし軽井沢町のような町制を敷いたところでの現物の「発見」は初めてのことであり、航空大国であった当時の日本において、都市のみならず町村域のいても都市計画のための航空測量が盛んに行われていたことが明らかになりました。指定文化財の値打ちが充分にあるものです。