中山道鉄道開通を見こした明治中期の軽井沢における開発行為-軍馬育成牧場と避暑・別荘地-

明治中期の軽井沢における開発行為 縮小版 この論文は、東信史学会の機関誌『千曲』の第164号、2017に掲載されました。 軽井沢を通過していた信越本線は、そもそも中山道鉄道として計画され、敷設が進められました。中山道鉄道 […]

近世移行期における浅間根腰三宿の移動-あわせて3D地図の有用性を検証する- その一 軽井沢宿、 その二 沓掛宿・追分宿

近世移行期における浅間根腰三宿の移動 これまでも軽井沢地方の各宿場は、元々は別の場所にあり、火災や洪水などの災害により今日の場所に移ってきたといわれてきました。しかしいずれも確かな資料がなく本当かどうかもわかりませんでし […]

別荘地・軽井沢の発展過程の研究 その四

信濃史学会誌「信濃」、第68巻、3号、2016、掲載 別荘地・軽井沢の揺籃期を語るにはタブーがあります。当時、外国人の不動産取得は禁止されていたので、日本人名義で別荘を取得したのですが、それは脱法的行為でした。明治20年 […]

別荘地・軽井沢の発展過程の研究 その三

信濃史学会誌「信濃」、第68巻、第2号、 2016、掲載 カナダ生まれの宣教師・ショー師が今日の軽井沢をもたらした、との言説は、軽井沢を扱った書き物にあふれています。しかし彼の行為の何がそれに該当するのかということになる […]

別荘地・軽井沢の発展過程の研究 その二

 信濃史学会誌「信濃」、第67巻、第9号、2015、掲載 戦前の日本の高原別荘地は、ほとんど全て外国人によって拓かれました。それがどうしてなのかを本論文で検討しました。 外国人が高原別荘地の開設を先導的に進めたのは、外国 […]

別荘地・軽井沢の発展過程の研究 その一

 信濃史学会誌「信濃」第67巻、8号、2015、掲載 これまでの軽井沢研究の多くは、軽井沢だけに焦点を当ててきたように思います。ものごとは他との比較によって明らかになるもの、もし、「軽井沢がいちばん」という観念が影響して […]